お釈迦様の手のひら

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1964年に書き下ろされた小松左京の『復活の日』は、コロナ禍の現代を予言したとして再注目されている。NHKの「アナザーストーリー」で取り上げられたので、文庫本(1975年刊)を読み直してみた。何よりも、小松左京がこのSFを書いた1960年代前半には、いまでは常識となっているウイルスの性質について一部の専門家以外にはほとんど何も知られていなかった。そうした時代に小松は京都にあったアメリカンセンターに週5回は通い、センターにあったScientific Americanを読んだという。そうして得た遺伝子工学の知識を駆使し、また核戦争の危機にあった東西冷戦時代の緊張感を背景に「復活の日」は書かれた。
遺伝子操作を経て作り上げられたウイルスを使った細菌兵器が地上に漏れ、その結果、南極に滞在していた人類以外はすべて滅亡するという近未来を描いたことが高く評価される。小松左京の先進性はこの4年間の新型コロナのパンデミックによって十分に評価でき
る。
さて、南極に滞在していた各国の1万人余りの隊員たちは次第に自分たち以外の人類は滅んでいく状況を理解し始め、必死に世界の情報を集め始めた。インターネットのなかったこの時代には世界との交信は無線通信であった。世界各地の無線通信家との交信の結果事態の深刻さが分かってきたのであるが、その一人がなんと屋久島にいたことである(文
庫本250‐252頁)。
小松がなぜ屋久島を選んだのか不明だが、戦後京大の霊長類研究者たちが屋久島に足を運びだしたので、そうした情報が小松の耳にも入ってきたかもしれない。絶え絶えに伝わる屋久島の状況は悲惨で、やや現実離れしている。すでに世界の人口の半分は死に絶えていたが、屋久島では9割が死んだとある。屋久島屋久港付近の状況とあるが、こんな地名はない。さらに、鬱蒼とした熱帯の密林とか、死体の周りをサソリがはい回っているとか、本物の熱帯雨林と屋久島の多雨林を混同している。
このSFは1980年に草刈正雄の主演で映画化された。僕もその映画を見たが、内容はほとんど忘れていた。もう一度映画を見てみたいし、この数年のコロナ禍の現状を踏まえたリメーク版が期待される。

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